私が出版業界に入ったのは平成元年でした。まだバブルの真っ最中でしたが、大学を出たての新入社員にバブルを謳歌する余裕などはまったくありませんでした。
最初に配属されたのは、ある雑誌の編集部。社員ひとりひとりのデスクにPCが設置される以前のことです。電子書籍時代はまだまだ先の話です。
ワンフロアに100人以上のスタッフがいたと思うのですが、デジタル機器はデスクトップ型のワープロ1台だけ。それを5つの編集部で使うのです。
使用目的は雑誌撮影協力店というクレジット一覧のページを作ることでした。それまでは毎号100軒以上のお店の住所・電話番号を手書きで入稿していました。
ワープロが使えるようになってから、店情報のデータベース化が進みました。とはいえ、印刷所に送るのはデジタルデータではなく、紙の出力紙でした。それを見ながら、印刷所の写植技術者が手打ちで入力するのです。人間がやることですから、「てにをは」の間違いなどは日常茶飯事でした。
一方、協力店以外の原稿は、依然、手書きのままでした。会社の名入りの原稿用紙があり、そこに「字割」という作業をするのです。「字割」とは、20字詰めの原稿用紙を15字詰めに直したり、9文字詰めに直すために、赤や青の鉛筆で線を引くことです。
その原稿用紙を何度も鉛筆で書き、消ししながら原稿を完成させていくのです。挿入・削除・コピペが当たり前の現代からはちょっと信じられないかもしれません。
今となってはデスクトップの5インチフロッピーが懐かしく思います。データを読み出すときの「グワングワン」という音は今でも耳に残っています。